ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) 米、盤石体制で猛追山中教授、孤軍奮闘…今後は資金・人材の競争 京都大学と米国の大学がそれぞれに作製した、新たな万能細胞「ヒトiPS細胞」(人工多能性幹細胞)を巡る研究競争が激化している。しかし、日本発の研究成果が、盤石な研究体制が整う米国に追い抜かれるとの危機感も広がっている。
(東京科学部 木村達矢、大阪科学部 矢沢寛茂)
チーム・ジャパン 「iPS細胞研究を駅伝に例えれば、日本は(私)一人で走り続け、既に息切れした段階。何人もがたすきをつなぐ米国に対抗するには、研究所や大学の壁を超えて、『チーム・ジャパン』が必要」
ヒトiPS細胞を世界で初めて作製した山中伸弥・京大教授(45)は7日、渡海文科相と岸田科技相に相次いで面会し、激化する研究の現状を踏まえ、国内で研究者が結集できる場の必要性を訴えた。
その背景には、再生医療の研究を推進する研究所が、米国の有力大学には既に存在し、先陣争いに敗北するという危機感があるからだ。
実際、米マサチューセッツ工科大学(MIT)などのチームが7日、iPS細胞を使ってマウスの貧血症を改善する成果を発表したが、山中教授は「完璧(かんぺき)に負けた」と率直に語る。
既に6研究室 山中教授と同時に成果を公表した米ウィスコンシン大と並び、再生医学の国際的な拠点でもある米ハーバード大で研究チームを率いるコンラッド・ホッケドリンガー助教(32)は、今月4日、「我々もヒトiPS細胞の作製にほぼ成功した」と打ち明けた。山中教授らの衝撃的なニュースが世界を駆け巡った11月20日からわずか2週間しかたっていないが、「知っているだけで、既に6研究室がヒトiPSを手にしている」という。
同助教らがiPSに着目したのは、昨年8月、山中教授がマウスで初めて作製したと発表したのがきっかけ。「世界の再生医学研究はこれで大きく変わった」とホッケドリンガー助教は振り返る。同助教も今年6月、改良型のマウスiPS細胞の作製を発表し、注目された。
「山中教授は今後も競争の先頭を走るだろう。だが、2~3年で多くの(米国の)研究者も追いつくだろう」と同助教は指摘する。その根拠は、日本に比べ豊富な研究資金と、世界中から集まる優秀な若手研究者の多さだ。「さらに共同研究がやりやすい環境にあり、我々もMITなどと連携している」と情報量、ネットワークの強さも強調する。
ウィスコンシン大で中心となって研究を進めるジュンイン・ユ博士も「今後は、お金や人材の競争になる」と言い切る。
こうした状況に追い風も吹く。ヒトiPS研究に対し、ホワイトハウスは積極的な支援を打ち出した。受精卵を材料とする胚(はい)性幹細胞(ES細胞)研究は、「生命の破壊」と批判してきたが、iPSが皮膚細胞から作製が可能となったことで倫理的な障害がなくなったからだ。米ニューヨーク・タイムズ紙も社説で、ES細胞研究を規制する米政権を批判した上で、「次期大統領は規制を速やかに撤廃してほしい」とヒトiPS研究を後押しする。
政府・学界一体で 猛追する米国に山中教授が脅威を感じたのは、米国滞在中の今年10月。
「米ウィスコンシン大がヒトiPS細胞の作製に成功した論文を科学誌に投稿したらしい」とのうわさを耳にした。帰国すると論文発表までの約2か月間、「昼は研究員への実験の指示、夜は科学誌からの問い合わせ」の対応に追われた。山中教授は、7月にヒトiPS細胞を作製し、年明けに予定していた発表の前倒しを迫られた。論文掲載が他の研究者の後塵(こうじん)を拝することになれば、評価は全く違ってくるからだ。不眠不休の孤軍奮闘の努力が奏功し、論文は、投稿からわずか8日後に受理。結果的に日米同着の発表につながった。
山中教授は今年8月、ES細胞が日本に比べはるかに利用しやすい米国に研究室も設置。研究成果の先陣争いは知的財産権(特許)も絡み激しさを増す。荒井寿光・元内閣知的財産戦略推進事務局長は、「米国の場合、早く特許を認めてビジネスを展開、臨床に役立てるというコンセンサスがある。しかし、日本では医療特許のあり方がまだ明確でない」と早急なルール作りの必要性を強調する。また生越(おごせ)由美・東京理科大教授(知財政策)も「せっかくの日本発の技術が、米国に特許を押さえられてしまうと、日本人が支払う医療費が米国にいってしまう」と懸念する。
慶応大の岡野栄之教授は、「国内の各分野の一人者の英知を結集し、山中教授を応援すべきだ」と語る。世界が注目する日本発の独創的な研究をいかに育てていくか。政府や学界が一体となった継続的な支援が求められている。
「ノーベル賞級」なぜ?…1 倫理的な問題少ない、2 拒絶反応がない ヒトiPS細胞作製が、「ノーベル賞級」(阿久津英憲・国立成育医療センター室長)と称賛されるのは、倫理的な問題が少ない上に、拒絶反応のない組織の細胞を再生できるからだ。
iPS細胞は、患者の皮膚細胞などの体細胞に3~4種類の遺伝子を導入して作製。体細胞の時計がリセットされ、様々な臓器の細胞になりうる万能性を持つ。
同じように万能性のあるES細胞は、生命の萌芽(ほうが)である受精卵を壊して作る点で倫理的な問題が多い。他人の細胞なので、拒絶反応も避けられない。
iPS細胞はこうした問題を解決できるが、それだけではない。細胞をリセットする技術を薬などに応用できれば、移植せずに病気で傷んだ臓器の細胞を体内で再生させることができる可能性もある。
創薬、薬の効果を確認するのにも有効だ。iPS細胞から作った組織で、新薬の副作用など安全性を確かめるほか、病気の細胞に対する薬の効果を患者の皮膚から作製したiPS細胞で確認できる。
(2007年12月8日 読売新聞)